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東京高等裁判所 昭和39年(行ケ)142号 判決

原告 株式会社 月ケ瀬

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

〔双方の申立〕

一、原告代理人は、「昭和三八年審判第三、九四九号事件について、特許庁が昭和三九年八月二六日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

二、被告代理人は、主文同旨の判決を求めた。

〔双方の主張〕

第一、原告代理人は、請求の原因として次のように述べた。

一、原告は、昭和三七年一二月六日特許庁に対し、別紙Iに表示のとおり行書体風の書体で筆写した漢字「月」から成る商標について、商標法施行令第一条に定める商品区分の第三〇類「菓子、パン」を指定商品として、商標登録の出願をした(昭和三七年商標登録願第四〇、二二八号)。これに対し、右出願商標は登録第三九六、三五九号商標と類似するとの理由により、昭和三八年七月二三日付で拒絶査定がなされたので、原告は同年九月一二日同庁に対し審判を請求したが(昭和三八年審判第三、九四九号)、昭和三九年九月二日前記拒絶査定を維持し、原告の審判請求が成り立たないものとする審決がなされ、その謄本は同年九月一四日原告に送達された。

二、審決の理由とするところは、引用登録商標はその中央に顕著に表わされている“The Moon”というコーテーシヨン・マークのついたジヤーマン体風の文字から「ザ ムーン」(月)の称呼および観念を生ずるものと認められ、右観念の点において本願商標と類似の関係にあり、指定商品も相牴触するので、商標法第四条第一項第一一号に該当するとし、なお、本願商標の指定商品を餠・あんころ・団子・チマキおよびこれらの類似商品に限定する用意があるとの請求人(原告)の主張に対して、たとえ指定商品をこれらのものに限定するとしても、なお本願商標の指定商品が引用登録商標の指定商品と牴触関係にあることは解消するに至らないとしているのである。

三、しかしながら、右審決は、次に述べる理由により、判断を誤つた違法なものとして取り消さるべきである。

(一) 引用登録商標は、別紙IIに示すような構成のものであり、中央の「The Moon」なる文字は、それに続く「Famous Cake」なる文字と一体をなして「ゲツペイ」(月餠)の英訳(それが適訳であるかどうかは暫くおく。)として意味をなしているのであつて、決して「The Moon」という文字のみを分離して用いているものではない。

したがつて、ここで用いられているコーテーシヨン・マークは、審決に述べているように「The Moon」を囲つたものとみるべきではなく、「The Moon Famous Cake」全体を囲つたものとみるべきである。「The Moon」の両端上部に“…………”とあるのは、図案の体裁上そのように配置したにすぎないものとみるのが相当である。このことは、「The Moon」だけでなく「The Moon Famous Cake」全体がドイツ風花文字で書かれており、その他の文字の書体と明瞭に区別されていることからして、通常人が等しく認識し得るところである。

(二) つまり、引用登録商標は、「ゲツペイ」なる観念を、漢字で『月餠』とし、英語で『The Moon Famous Cake』とし、さらにローマ字で『TSUKIMOCHI』(月餠の訓読み)および『GEPPEI』(月餠の音読み)としてそれぞれ表記し、これらを多少図案化したものなのである。下から二段目の「OR」は、以上『 』内の各文字の間にそれぞれ書くべきところを略して最後の部分のみに書き込んだものであり、すなわち、右の各文字は「ゲツペイ」の同義語で、すべて「OR」で統括されているものとみるを相当とする。したがつて、引用登録商標から「ザ ムーン」の称呼および「月」なる観念を生ずるに由なきものといわねばならない。審決が引用登録商標から右の称呼および観念が生ずると認定しているのは、ひつきよう「The Moon」なる文字を独立したものとする誤解に基くものと断ぜざるを得ない。

(三) 引用登録商標から単に「ザ ムーン」という称呼や「月」という観念が生ずる余地のないことは、登録第三七〇、一二三号商標(引用登録商標はこの商標と連合するものとして登録されたものである。)と引用登録商標とを対比してみてもわかることである。この両商標の連合関係を認められた理由は、「月餠」(ゲツペイ)なる観念と称呼を共通にするという点を除いては他にあり得ない。両商標とも指定商品を「菓子(但し餠・あんころ・団子・チマキ及びこれらの類似商品を除く)」としているのであるが、いずれも商標中に餠の語を含んでいるのであるから、普通なら商品を餠に限定するべきものである。しかるに、餠類を除いてこれらの商標が登録されたのは、「月餠」(ゲツペイ)という一連の商標を一体としてみたからに外ならない。引用登録商標から「月」とか「The Moon」だけを抽出できるものとするならば、餠類が指定商品から除かれている関係上、旧商標法第二条第一項第一一号にいう商品の誤認を生ぜしめるおそれのある商標として登録されなかつたはずである。

なお、被告は登録第三七〇、一二三号商標の要部は「月餠」の表示部分でなく「本家木村直正製」なる製造所表示部分であると主張しているが、このような見解はとうてい首肯できない。

(四) 要するに、引用登録商標からは、単に「月」(ツキ)という観念や称呼の生ずる余地はあり得ず、これに対し、本願商標は「月」(ツキ)という称呼および観念しか生じ得ないものである。

したがつて、両者はその称呼および観念において類似しておらず、また外観において両者が類似するものでないことは明瞭である。審決が両者を互に類似するものとしたのは判断を誤つたものといわざるを得ない。

(五) しかも、原告は、右両者が仮に類似の関係にあるものとみられるとすれば、本願商標の指定商品を餠・あんころ・団子・チマキおよびこれらの類似商品に限定する用意がある旨予備的主張をしているのであるから、いずれにしても、審決において本願商標が登録要件を具えていないと判断したのは、商標法第四条第一項第一一号の適用を誤つた違法があるものというべきである。

(六) なお審決は本願商標と引用商標とが外観上明らかに差異があることを暗に承認しながら、両者が類似する旨認定し、右について何らの理由を示さなかつたのは明らかに理由不備の違法があるものである。

第二、被告代理人は、原告主張の請求原因に対する答弁として次のように述べた。

一、原告主張の一・二の事実は認めるが、三の見解についてはこれを争う。

二、(一) 原告主張の三の(一)について

引用登録商標中の「The Moon」なる文字がそれに続く「Famous Cake」なる文字と一体をなして「ゲツペイ」を英訳で表わしたものであるという原告の主張は、単なるこじつけにすぎない。すなわち、引用登録商標の構成をみれば、「The Moon」の前後にコーテーシヨン・マークが附せられていることは歴然としており、この文字とその下の「Famous Cake」の文字とは不可分のものとみるべきではない。両者は英語としてそれぞれ「月」・「有名な菓子」の意味を有しており、この両者を合わせて「月印は有名な菓子である」との意味を生ずるとみることはできるが、原告主張のように「ゲツペイ」の意味を生ずる余地はない。

(二) 原告主張の三の(二)について

引用登録商標の中で漢字「月餠」・ローマ字「TSUKIMOCHI」・同「GEPPEI」の部分から「ゲツペイ」の称呼および観念をも生ずることはこれを争わないけれども、同商標の中央部に前記諸文字と比べて大きく顕著にしかもドイツ文字風の書体で表わされている「The Moon」の文字が、取引上他の諸文字を捨象して特に購買者の眼に触れ易く、また「Moon」の語が「月」を表わす語としてすでに日本語化されているともいえるほどに親しみのある語であることによつて、この部分から、他の諸文字と分離して「ザ ムーン」(月)の称呼および観念を生ずると判断することは、経験則上少しも不自然ではないのである。

(三) 原告主張の三の(三)・(四)について

引用登録商標から単に「月」という観念を生ずる余地がないという原告の主張が失当であることは前記のとおりである。原告主張の登録第三七〇、一二三号商標が出願された頃から引用登録商標が出願され登録された頃まで、すなわち昭和二一年頃から昭和二六年頃までは、「月餠」(ゲツペイ)なる商品はわが国において未だ広く普及するに至つていなかつた。しかし、本願商標の登録出願日(昭和三七年一二月六日)当時には、すでに「月餠」は商品として一般世上に普及するに至つていたことは明らかである。このように「月餠」が一つの商品名として普及するに至つてからは、特許庁においても、これを商品区分第三〇類に属する指定商品として取り扱つている実情である。してみれば、引用登録商標中「月餠」・「GEPPEI」の文字は商品名もしくは普通名詞としてみるのが相当であるから、「The Moon」の文字から「月」の観念が生ずると認め、本願商標の登録を拒否すべきものとした審決の判断は正当である。

なお、登録第三七〇、一二三号商標は「月餠」の文字が中央に顕著に表わされているので、この文字がこの登録商標の要部であるかのようにみえるが、「月餠」の文字は前記のように商品名を表わしたものにすぎないから、この商標において自他商品識別の機能を有する部分は「本家木村直正製」の文字にあるとみるのを相当とする。したがつて、右登録第三七〇、一二三号商標が存することのために、引用登録商標から「月」なる観念を生ずるとした審決の判断を誤りであるとすることはできない。

(四) 原告主張の(五)・(六)について

引用登録商標の指定商品は、旧第四三類菓子(但し餠・あんころ・団子・チマキ及びこれらの類似商品を除く)となつており、餠・あんころ・団子・チマキ等の商品と旧第四三類の商品から右商品を除いたものとは、引用登録商標の登録当時すなわち昭和二六年頃においては互に類似しない商品として特許庁の審査において取り扱われていた。しかし、商品の類否の問題は一定の時点において固定された状態において判断されるべきものではなく、常に流通経済発展の場における商品としてみるという見地に立つて判断されなければならない。そして、この種商品の取引の実情に徴すると、引用登録商標の指定商品と餠・あんころ・団子・チマキ等の商品とは、たとえその原料や製法を異にするところがあるとしても、その販売場所はほとんど同一といつてよく、その需要者には小児・婦人等も多いわけであるから、これらの商品について類似の商標が使用されるときは、その出所について互に誤認混淆を生ずるおそれが多分にあるものといわねばならない。特許庁の「新商品区分に基く類似商品審査基準」についてみても、第三〇類菓子・パンの類に属する商品がすべて類似商品として取り扱われており、これは前記のような取引の実情を考慮したことによるのである。したがつて、審決において、本願商標につき原告主張のように指定商品を限定してみても、引用登録商標の指定商品との牴触関係は解消するに至らない、と判断したことをもつて失当とすることはできない。

要するに、本願商標は引用登録商標と類似するものであり、且つその指定商品も互に類似するものであるから、商標法第四条第一項第一一号に該当するものとして本件商標の登録を拒否すべきものとした審決には何ら判断の誤りはなく、また理由不備の違法もない。

〔証拠関係〕〈省略〉

理由

一、原告主張の請求原因一および二の事実については当事者間に争いがない。

二、本願商標と審決引用の登録商標について

当事者間に争いのない前記事実と成立に争いのない甲第一号証によれば、本件出願商標は、別紙Iに示すように、行書体風の書体で筆写した漢字「月」から成り、商標法施行令第一条に定める商品区分の第三〇類「菓子・パン」を指定商品とするものであることが認められる。また成立に争いのない乙第一号証の一・二および弁論の全趣旨によれば、審決が登録拒絶の理由として引用した商標すなわち登録第三九六、三五九号商標は、別紙IIに示すように、ところどころ切欠部分のある円輪郭内に、上から下へ順次、漢字「月餠」(行書体風で左横書きしたもの)・欧文字「The Moon」(ドイツ文字風の書体で表わし、その前後にコーテーシヨン・マーク「“ ”」を付したもの)・同「Famous Cake」(右と同じ書体、この二段の欧文字が円輪郭内のほぼ中央部に―「Famous Cake」が中央に「“The Moon”」がその少し上に―最も顕著に表わされている)・同「TSUKIMOCHI」(籠文字で表わし、その前後にコーテーシヨン・マークを付したもの)・同「OR」・同「GEPPEI」(この二段の欧文字は角ゴジツク体で比較的小さく表わしたもの)を配して成るものであつて、旧商標法施行規則(大正一〇年農商務省令第三六号)第一五条に定める商品類別中第四三類菓子(但し餠・あんころ・団子・チマキ及びこれらの類似商品を除く)を指定商品とし、昭和二三年五月二一日登録第三七〇、一二三号商標と連合するものとして登録出願がなされ、同二六年二月二日に登録されたものであることが認められる。

三、本願商標と引用登録商標の類否について

(一)  外観の点

両商標の構成は前記認定のとおりであるから、その外観において類似するものといえないことは明らかである。

(二)  称呼の点

引用登録商標は、別紙IIに示す構成殊に漢字の「月餠」およびローマ字の「TSUKIMOCHI」・「GEPPEI」から「ツキモチ」・「ゲツペイ」の称呼を生ずることは明らかである。右商標の構成をみれば「TSUKIMOCHI」と「GEPPEI」が「月餠」の読み方を表示した趣旨であることは何人にもたやすく感じ取り諒解することができるものと考えられるからである(細かくいえば「TSUKIMOCHI」よりも「OR GEPPEI」の方を小さく、表わしているところからみて「ツキモチ」が本来の読み方であるが、「ゲツペイ」と読んでもよいという趣旨を表わしたものとも解せられる)。

次に、右商標の中央部上寄りの「“The Moon”」というコーテーシヨン・マーク附きの文字(原告はこのコーテーシヨン・マークは「The Moon」と「Famous Cake」の全部を囲んだものであるというが、そのような見方を採ることができないことは誰の眼にも明らかなところであろう。)から、原告主張のように「ザ ムーン」という称呼が自然に生ずるかの点については、すでに漢字の「月餠」とその読み方を示したものと認められる「TSUKIMOCHI」および「GEPPEI」の文字が表わされている以上、外人の需要者に対する関係を別にすれば、これを肯定することはやや困難であろう。いわんや、右の「“The Moon”」の文字から単に「ツキ」という称呼が自然に生ずるものと認めることはさらに困難であると考えられるから、別紙Iに示す構成からして単に「ツキ」という称呼だけが自然に生ずるものと認められる本願商標とはその称呼においても類似するものでないと認めるべきものである。

(三)  観念の点

引用登録商標において別紙IIのように「月餠」および「GEPPEI」なる文字が表わされていることと、近時わが国において中国風菓子の「月餠」(ゲツペイ)が比較的広く普及していることが公知の事実であることからみて、引用登録商標から「月餠」(ゲツペイ)なる観念を生ずることはこれを肯認することができる。

しかしながら、前記のように右商標の中央部上寄りに顕著に表わされた「“The Moon”」「Famous Cake」の「“The Moon”」の文字に「月餠」・「TSUKIMOCHI」の各文字を合わせ、それらから単に「月」という観念が自然に生ずることもまたこれを否定し得ないものと考えられる。

原告は、引用登録商標からは「月餠」(ゲツペイ)なる観念だけが生じ、単に「月」なる観念は生じ得ないと主張し、その理由の一つとして「The Moon」の文字はその下段の「Famous Cake」と一体をなすものとみるべきであることを挙げている。なるほど、引用登録商標の構成殊に「The Moon」と「Famous Cake」とが、同じドイツ文字風の書体で、しかも同じ大きさで表わされていることからみて「“The Moon”Famous Cake」の文字がその全体をもつて「月餠」を英語で表わしたものであり、したがつて「月餠」・「TSUKIMOCHI」および「GEPPEI」と同格的に用いられているものとみることもできるけれども、それと同時に「The Moon」の部分に特に看者の注意をひくようにコーテーシヨン・マークを附してあること(証人木村淳も右英語の部分は「月餠」を英訳した趣旨で採択したものであり、「The Moon」の前後のコーテーシヨン・マークは「月」(ツキ)という意味を強調するためにつけたものである旨証言している)、「The Moon」および「Famous Cake」がそれぞれ「月」および「有名な菓子」を意味する英語であることは、わが国における英語の普及状態からみて、世人の多くが極めて容易に理解し得るところと考えられ、したがつてまた「“The Moon”Famous Cake」が「月」という有名な菓子を意味するものとして容易に理解されるであろうこと、そして右の「Famous Cake」すなわち「有名な菓子」が前記商標の使用されている商品を指すものとして受け取られるであろうこともみやすいところである。

なお、最上段の漢字「月餠」も単独に(或は最下段に小さく表示されているローマ字の「GEPPEI」とだけ並記して)表示されているのでなく、「“The Moon”Famous Cake」と並べて表示されているのであり、またこの英語の下にはローマ字の「TSUKIMOCHI」が表示されているのであるから、「月餠」の「餠」や「TSUKIMOCHI」の「MOCHI」を、軽く、一種の菓子を表わすものとして感じ取るというようなことも考えられないではない。

これらのこと、とりわけ前記“The Moon”の文字からみて、引用登録商標から単に「月」という観念をも生じ、これが同商標を見る者の印象に強く残り、これによつて同商標を記憶する者が十分あり得るとすることもまた決して不自然ではないといわねばならない。

さらに、原告は、引用登録商標から単に「月」という観念が生ずることはあり得ないとする理由の他の一つとして、同商標が登録第三七〇、一二三号商標の連合商標として登録されたものであることを挙げている。ところで、成立に争いのない甲第三号証によれば、右登録第三七〇、一二三号商標は、別紙IIIに表示のとおり円輪郭内の中央に漢字「月餠」を行書体風に筆書して顕著に表わし、その上と左右にそれぞれ「名物」・「本家木村直正製」・「京木屋町三条北」の文字を小さく筆書して配したものであることおよびその指定商品は引用登録商標と全く同一であることが認められる。したがつて同商標から原告主張のように「月餠」(ゲツペイ)という称呼と観念が生じ得ることは明らかであるが、同時にまた同商標から「ツキモチ」という称呼も生ずることを否定することはできないであろう。(右商標の要部は「月餠」という文字の部分でなく、「本家木村直正製」という文字の部分であるとする被告の主張は首肯することができない)。そして引用登録商標から、右と同じ称呼・観念も生ずることは前に認定したとおりであるから、引用登録商標が前記登録第三七〇、一二三号商標の連合商標として登録せられたこと自体になんらの不当もないわけである。また、連合商標は、連合商標としての関連性を有すると同時に他面においてそれぞれ独自性をも有するものであるから、よしんば登録第三七〇、一二三号商標から「ゲツペイ」(月餠)なる称呼・観念だけが生ずるとしても、そのことは、引用登録商標から、これと同じ称呼・観念が生ずるほか、別に「月」という観念も生ずることを認定することの妨げとならないのは当然である。

なお、前記木村証人の証言によれば、有限会社本家月餠家で「月餠」という名称で販売している焼菓子を買いに来る顧客は単に「ツキ」とはいわず、或いは「ゲツペイ」といい、或いは「ツキモチ」といつて買い求めて行くのが実情であることが認められる。しかし、引用登録商標から単に「ツキ」という称呼が自然に生ずるとまではいえないこと前記のとおりであるから、右の事実は、必ずしも引用登録商標から「月」という観念が生ずることを認めることの妨げとなるものではないというべきである。

さらにまた、原告は引用登録商標から「The Moon」とか「月」とかの文字だけを抽出して「月」なる観念が生ずるものとすることが許されるとすれば、引用登録商標が餠類を指定商品から除外しているのに、なお旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第二条第一項第一一号に該当しないものとして登録されたことと矛盾することになるという趣旨の主張をもしているが、引用登録商標から「月」なる観念も生ずるとした場合、そのことだけによつて、原告主張のように引用登録商標が当然に旧商標法第二条第一項第一一号の規定に該当するものと断定し得るかどうかも問題であるが、少なくとも、引用登録商標が有効なものとして現存している以上、これから自然に生じ得べき「月」なる観念によつて本願商標との類否を判断することはなんら差支ないわけである。したがつて、原告の前記主張も理由のないものというべきである。

以上説明のとおりで、引用登録商標から「月」という観念が自然に生ずることが肯認され、一方本願商標から「月」という観念が生ずることはいうまでもないことであるから、両商標はその観念を共通にするところがあり、これらを類似の商品に使用した場合に、出所について誤認混同を生ずるおそれがあるものといわざるを得ず、したがつて本願商標は引用登録商標と類似するものと認めるのが相当である。

四、指定商品の類否について

原告は、審判において本願商標の指定商品を餠・あんころ・団子・チマキおよびこれらの類似商品に限定する用意があることを申し出た旨主張している。その趣旨は、仮に登録願書に記載した指定商品である第三〇類菓子・パンの全般については登録を許容し得ないものであるとしても、少なくとも引用登録商標の指定商品の表示において除外商品とされている餠・あんころ・団子・チマキおよびこれらの類似商品については登録要件を否定せらるべきいわれはなく、本件商標の登録出願を全面的に拒絶すべきものとした審決は違法であり、また原告としても審判において前記の特掲商品以外については登録を許容し得ない旨の指令或いは通知があれば前記特掲商品だけに指定商品を減縮する用意があつたというにあるものと解せられる。

ところで、出願商標につきその指定商品の一部を減縮すればその登録出願が許容せらるべき場合において、全面的に出願商標の登録を拒絶することの適否はしばらくこれを措くとして、本件においては仮に本願商標の指定商品を原告主張のとおりに減縮するとしても、引用登録商標の指定商品との牴触関係はなお解消するに至らないものと認められる。すなわち、引用登録商標がその指定商品を旧第四三類菓子(但し餠・あんころ・団子・チマキ及びこれらの類似商品を除く)として登録が許されたのは、その登録当時すなわち昭和二六年当時における指定商品の類否に関する特許庁の取扱方針に従つて、前記除外にかかる商品と菓子類に属するその他の商品とが類似の関係にないものとする見解によつたものと解せられる(したがつて、引用登録商標の指定商品の範囲を考えるにあたつては右の事情をも参酌すべきであろう)。

しかし、本件審決のなされた当時を含めて近時における社会の実情に徴すれば、餠・あんころ・団子・チマキのたぐいの商品もその他一般の菓子およびパンの類も、同一店舖で販売されることが多く、需要者も共通であり、しかも原料や製法の点でも密接な関係を有するものが少なくないこと等諸般の事情からみて、本願商標につき、商標法第四条第一項第一一号の適用を考えるに当つては、第三〇類菓子およびパンの類に属する商品はすべて類似の商品と認めて差支えないものと解するのが相当である。したがつて、本願商標について、指定商品を仮に原告主張のとおり限定するとしても、その類似の範囲は新類別第三〇類にいう菓子およびパンの全般に及ぶこととならざるを得ないので、引用登録商標の指定商品との牴触関係を避けることができないものといわねばならないのである。

五、なお原告は、本願商標と引用商標との外観上の差異については、審決は暗にこれを認めながら、何ら理由を示さずして両商標の類似を認定したのは理由不備であるという。しかし、商標類否の判断に当つては、その比較すべき商標を、その外観、称呼及び観念の点からこれを観察し、そのいずれかにおいて共通のものがあると判断される以上、これを類似のものとすべきは当然であり、その際、そのいずれかのものがたとえ別異のものと認められるとしても、その故に当該両商標が非類似のものとなるものでないことはいうをまたないところであつて、本件審決もその趣旨においてせられているものであること成立に争いのない甲第二号証に徴し明らかであり、右審決には原告主張のような理由不備の違法があるものとは認められない。

六、結論

以上説明のとおりで、本願商標は引用登録商標と類似するものであり、その各指定商品も互に牴触する関係にある以上、本願商標は商標法第四条第一項第一一号の規定に該当するものと認めるべきである。したがつて、これと同趣旨の判断に基き本願商標の登録を拒絶すべきものとした本件審決には何らの違法もなく、その取消を求める原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 山下朝一 多田貞治 古原勇雄)

(別紙)〈省略〉

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